第982回 ラグビー、初夏のオセアニア遠征(4) バスタロー事件で苦境に落ちたフランスのラグビー

■15年ぶりに南半球遠征を狙うフランス

 ニュージーランドでの15年ぶりの勝利となったダニーデンでの第1テスト、雨のウェリントンで惜敗しながらも内容の良かった第2テスト、1勝1敗という成績でフランスはニュージーランドとの対戦を終えた。残るは豪州との1試合である。この豪州戦で勝利すれば、フランスは南半球遠征で勝ち越しとなる。ニュージーランド、豪州、南アフリカという強豪国相手の遠征で勝ち越すとなると15年ぶりのことになる。

■マチュー・バスタロー、土曜日の深夜に暴漢に襲われ、大怪我

 フランスのメンバーは第2テストの翌日に3時間オフライトで豪州のシドニーに移動し、その夜に記者会見を行ったが、ここで衝撃的な事件が公表された。これがバスタロー事件である。マチュー・バスタローは20歳のフランス代表のCTBである。パリの郊外で生まれ育ち、2年前に名門スタッド・フランセに移籍した。
 そして今年の6か国対抗のウェールズ戦でフランス代表にデビューし、今回の南半球遠征のメンバーになり、6月13日の第1テストに出場し、確実なタックルで勝利に貢献した。20日の第2テストには出場しなかったが、事件はその夜に起こった。試合が終了後、ラグビーでは恒例のアフターマッチファンクションが行われた。これはラグビーの試合が終了すれば敵も味方もなくなるというノーサイドの精神の現れである。そしてそのアフターマッチファンクションの後、両チームの選手たちは三々五々、市内に繰り出していった。バスタローがホテルに帰ってきたのは午前3時ごろ、ところがバスタローはホテルへの帰路、タクシーから降りたところ、数人の暴漢に襲われ四針を縫う大怪我をしたのである。

■治安のよさを誇るニュージーランドにショックを与える

 この事件は被害者の国フランスよりも、ニュージーランドで大きく報じられ、ニュージーランドは大打撃を受けた。というのもニュージーランドは世界でも最も治安の良い国として知られている。治安の良さは、日本を押しのけた2011年のラグビー・ワールドカップ開催の決め手となったのである。治安の良さを誇るニュージーランドにおいてこのような事件が起こったことによりニュージーランド国民は大きなショックを受けたのである。
 バスタローもシドニーまではチームに帯同し、この遠征中に負傷したヤニック・ジャンジオン、ルイ・ピカモールとともに、22日の午後、シドニー発シンガポール経由でパリ行きの飛行機に乗ったのである。
 翌23日の朝7時前にバスタローはシャルル・ド・ゴール空港に到着する。空港にはフランスラグビー協会のピエール・カムー会長だけではなく、多数の報道陣がつめかけ、フランスでも騒ぎは大きくなったのである。

■バスタローの証言は虚偽、フランスラグビー界の信用失墜

 さらに、一夜明けた24日の朝、フランス中をさらに驚かせるニュースが飛び込んできた。ニュージーランドの地元テレビ局が、事件のあった日のホテルの監視カメラの映像によると、バスタローがホテルに戻ってきたのは午前5時、バスタローは怪我をしておらず、2人の選手と2人の女性と一緒の姿が映っていた、と報道したのである。この報道により、豪州にいるフランスチーム、バスタローの所属するスタッド・フランセは大わらわの対応をする。この日の午後にスタッド・フランセのホームページでバスタローは襲撃されたというのは嘘であった、という見解を表明する。飲みすぎて帰ってきて部屋で転倒してテーブルに顔をぶつけて怪我をしたのが事実である、ニュージーランド、ウェリントン、ラグビーに関わるすべての人に謝罪したいと表明したのである。
 この急展開はフランスのラグビー界に大きな打撃を与えた。バスタローが嘘をついたこと、しかもそれが相手国のニュージーランドの名誉を著しく傷つけたこと、これらはフランスにおけるラグビーの地位を大きく貶めるものであった。
 そしてこの事件が残されたフランスチームにも大きな影響を与えた。6月27日に行われた豪州とのテストマッチは6-22とノートライの完敗を喫する。そしてバスタローはショックのあまり、入院する。フランス側はフランソワ・フィヨン首相が公式にニュージーランドに対し謝罪する。国家元首が謝罪することはきわめて異例である。このところ、サッカーをしのぐ人気を集めてきたラグビーは一気に苦境を迎えることになったのである。(この項、終わり)

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