第83回 デンマークに惨敗、悪夢再び(6) ゴールデンボーイたちの錯覚
■ビッグクラブへの移籍で「ゴールデンボーイ」になった選手たち
前回の本連載ではスポンサーからの支援による長期遠征やコマーシャルやテレビへの出演が結果として選手の疲労を蓄積させてしまったことを紹介した。英語で「人気者」を意味するゴールデンボーイという表現がある。外来語には厳しいフランス人もこのゴールデンボーイという表現を使うことがあるが、本来の「人気者」という意味に加えて、巨額の収入を得て、一般人とは違う感覚を持ったリッチマンという意味で使われることもある。今回のフランス代表メンバーも間違いなく「ゴールデンボーイ」たちである。
ワールドカップ出場選手で国外のクラブに所属していた選手は1998年大会では22人中13人であったが、今大会は23人中18人となり大幅に増加した。また、彼らが所属している国外のクラブは前回の本連載でも紹介した通りビッグクラブである。フランス代表選手は国外のビッグクラブからの報酬だけではなく、スポンサーからの収入も加え、この4年間で収入は格段に高騰している。
■ハングリー精神を失った「ゴールデンボーイ」
彼らが「ゴールデンボーイ」になったのは収入だけではない。テレビ出演などのきらびやかな世界に接し、試合中にスタンドからは声援だけではなく、無数のフラッシュがたかれる。スタジアムでフラッシュがたかれることなど以前は考えられないことであった。特に試合中のフラッシュはスタッド・ド・フランスにおけるフランス代表の試合で顕著である。このように選手がプレーヤーではなくタレントや芸能人のような扱いを国民から受け、自らの本分を錯覚することも無理はない。錯覚した「ゴールデンボーイ」たちがいわゆるハングリー精神を失ってしまったことも否定できないであろう。
■激しい誘致合戦の末選ばれたキャンプ地の功罪
また、今大会ではフランス代表だけではないが、ゴールデンボーイたちの錯覚を助長するようなことが相次いだのも事実である。象徴的なのはキャンプ地の一件であろう。今大会は数年前に韓国と日本との間で激しい誘致合戦が行われ、両国で共同開催という形に落ち着いたが、次に待っていたのは開催地ならびにキャンプ地の誘致合戦であり、特に日本ではこの競争は激しかった。日本国内の各自治体は各チームを誘致するためにキャンプ地としての設備を整えるだけではなく、宿泊費等を負担した。この好条件を各チームが見逃すはずはなく、日本でグループリーグを行う16チームはもちろん、韓国でグループリーグを戦う16チームのうち8チームが日本でもキャンプを行ったのである。フランスも第69回の連載で紹介した通り、韓国入りする前に鹿児島県指宿市で合宿を行っている。指宿だけではなく、日本のキャンプ地における地元からの歓迎も尋常なものではなく、各国イレブンはスポーツ選手ではなく、国賓あるいはスターのように扱われた。世界中を転戦する各国の選手にとってすらこのような扱いは初めての経験であっただろう。歓迎ムードの中で選手が錯覚をしてしまったのである。
ちなみに決勝トーナメント1回戦には韓国でグループリーグを戦ったチームと日本で戦ったチームが対戦したが、この両者の戦績は韓国で戦ったチームが6勝2敗と勝ち越している。また、韓国でグループリーグを戦い、準々決勝に進出した6チームのうち日本でもキャンプを行ったのは静岡県藤枝市に滞在したセネガルだけである。これらの事実は日本におけるキャンプは各国代表チームの財政面での援助とはなったが、肝心の調整、強化という点では疑問をもたざるを得ないということを意味している。
■主将マルセル・デサイーの悲痛な叫び
それから、試合中の無数のフラッシュも地元のスタッド・ド・フランスの比ではなく、選手にとっては驚きであったであろう。多くの人にサッカーについて関心を持ってもらうことは大切なことであるが、6月18日の宮城スタジアムと大田のワールドカップスタジアムにおけるフラッシュの数の違いと地元チームの勝敗を考えてみれば、カメラ片手のサッカーファンの功罪については説明する必要もないであろう。
文字通り億万長者となり、コマーシャルやテレビに出演し、そして行く先々で手厚い歓迎を受け、スタジアムでは試合の流れとは関係なく、無数のフラッシュがたかれる。そのような環境にあってスポーツ選手がスポーツ選手のままであるということが無理な話である。フランス代表の主将であるマルセル・デサイーの「報道陣もファンもいないところでサッカーをしたい」という発言は「ゴールデンボーイ」になってしまった選手自身では止められない大きな流れに対する悲痛な叫びである。スポーツがスポーツでなくなり、サッカーがサッカーでなくなる、このような流れを作ってしまった今回のワールドカップの責任は軽くはないであろう。(続く)