第84回 デンマークに惨敗、悪夢再び(7) 一致団結できなかったフランス国民

■応援ソング「Tous Ensemble」

 本連載では第79回以来、今回のグループリーグ敗退について保守的な戦術、親善試合のミスメーク、選手のグラウンド内外での疲労、スポンサーの功罪、選手の精神状況という角度から分析を進めてきた。一連の分析の最後にあたる今回は選手を支える6000万人のフランス国民について言及したい。
 1978年以降、フランス代表は大会ごとに応援ソングを作ってきた。今大会は本連載第55回でも紹介したロシア戦でキックオフセレモニーを行ったジョニー・アリデーの歌う「Tous Ensemble」である。日本語に訳すと「みんな一緒に」ということで国民全体が一致団結することを国民的大スターであるジョニー・アリデーがパワフルに歌い上げ、CDは50万枚以上販売された。

■地上波の中継はTF1のみ

 しかし、国民的大スターが歌い50万枚という売上げを記録した「Tous Ensemble」もその支持が国民全体から巻き起こったものではなかった。前回のワールドカップ・フランス大会ではフランス代表の試合を継続的に中継しているTF1を中心に国営放送のFrance 2ならびにFrance 3の3つのチャネルが協力し、ほぼ全試合を中継した。また、それ以前のアメリカ大会、イタリア大会なども同様であり、基本的にはTF1を中心に複数のチャネルでほぼ全試合の中継をカバーし、ナショナルチームであるフランスの試合はTF1が担当するという図式が成立していた。ところが、今大会は放映権料の高騰で国営放送局であるFrance 2ならびにFrance 3が脱落し、また、大会前半はFrance 2ならびにFrance 3が放映するテニスのフレンチオープン(ローランギャロス)とも日程が重なった。その結果、地上波でワールドカップを放映するのはTF1だけであり、その試合数も今回は少なく、サッカーファンにとっては楽しみの少ない大会となった。5月31日に大会が始まってもフランスのスポーツファンの関心がテニスのローランギャロスという地元で行われる伝統的なスポーツイベントに集中していたことは本大会第77回で書いたとおりである。

■ゴールデンタイムにサッカー番組がなかった今大会

 また、従来欧州のゴールデンタイムにあわせて運営されてきたワールドカップが今大会ばかりは韓国や日本のゴールデンタイムに合わせて行われ、その結果として韓国や日本と7時間の時差のあるフランスではセネガル戦、ウルグアイ戦は13時30分キックオフ、デンマーク戦は8時30分キックオフということで、13時30分の試合はローランギャロスと重なり、ローランギャロスが終わってからの試合は午前中の試合、ということで国民の関心を高めることができなかった。TF1は東京湾を望む高級ホテルの1室に特設スタジオを設け、大会期間中連日「Tous Ensemble」というダイジェスト番組を放映した。しかしこの番組の放映はフランス時間の夕方18時からであり、ゴールデンタイムは本連載第25回で紹介した通り、映画やドラマを放映し、国民が一番テレビを見る時間帯にサッカー関連の放送は無かった。また、フランスチームの敗退後、東京のクルーはフランスに帰還してしまった。
 昨今のスポーツイベントにおけるメディアの重要性は高まるばかりであるが、今回は放映権の問題もありTF1以外では放映されず、メディア露出度も少なかった。また、期間中サッカーではなくテニスを主に放映していたFrance 2やFrance 3という国営放送の代表チーム敗退後の論評は非常に厳しいものであり、TF1への対抗心がTF1そしてフランス代表チームを孤立させ、「Tous Ensemble」とは言えない状況になったのである。

■「政治の季節」と重なり、関心は高まらず

 また、スポーツ以外でもちょうど運悪く「政治の季節」と重なったことは本連載の第56回などで紹介してきたとおりである。5月に大統領選挙が終わり、国民戦線の急進という中で大会期間中に総選挙に相当する国民議会の選挙が行われた。ユーロ導入という状況でフランスにとっては財政赤字の解消が急務の課題である。そのような中で国民にとって日々の生活に直結する国民議会の選挙のほうがサッカーよりもはるかに重要であることは明白である。もちろん今回の総選挙は過去最高の棄権率(第1回:35.59%、第2回38.50%)を記録しているが、これは既成政党に対する「無投票」という形での不信任の表れであろう。
 日々の生活に終われ、サッカーどころではない、そういう大衆の気持ちが「ゴールデンボーイ」には伝わっていたのであろうか。「Tous Ensemble」(みんな一緒に)というスローガン通りに国民がまとまることができなかったのはテレビの放映権や放映チャネルの問題ではなく、この数年間で現実から乖離してしまった「ゴールデンボーイ」たち自身の問題なのではないだろうか。(この項、終わり)

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