第1830回 イングランド勢を下したパリサンジェルマンとモナコ(1) ギャンガン、ディナモ・キエフに屈す
4年前の3月11日の東日本大震災で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。また、復興活動に従事されている皆様に敬意を表し、東北地方だけではなくすべての日本の皆様に激励の意を表します。
■初戦は無敗で乗り切ったフランス勢
これまでの本連載では決勝トーナメントに突入したチャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグのフランス勢の初戦について紹介してきた。チャンピオンズリーグではパリサンジェルマンがチェルシーとホームでドロー、モナコがアウエーでアーセナルに3-1の勝利とイングランド勢相手にまずまずの結果を見せた。また、ヨーロッパリーグではクラブ史上初となる決勝トーナメント進出を果たしたギャンガンがホームでディナモ・キエフ(ウクライナ)を2-1と下し、歴史的な勝利をあげた。
■第1戦の1週間後に第2戦を戦うヨーロッパリーグのギャンガン
このように幸先の良いスタートを切ったフランス勢であるが、第2戦を最初に迎えたのは決勝までの試合数が多いヨーロッパリーグを戦うギャンガンである。
ギャンガンはホームでの勝利のちょうど1週間後の2月27日にキエフのオリンピック競技場で第2戦を迎える。第1戦のホームでの2-1というスコアは過去のデータを見ると、勝ち抜く確率はほぼ半分である。0-1で敗れるか、あるいは2点差以上の差をつけて敗れれば敗退である。逆にそれ以外のスコアで乗り切ればギャンガンは勝ち抜きが決定する。
ディナモ・キエフは本連載第1823回で紹介した通り第1戦で2人がレッドカードによる退場となっており、その2人が出場停止である。しかし、ソ連時代は西欧のチームを何度も脅かした古豪であり、ヨーロッパカップでの8強入りは2008年が最後であるが、古豪復活を果たしたいところである。
■ボールを支配され、2点を先行されたギャンガン
試合は立ち上がりから積極的なディナモ・キエフの攻撃が目立つ。パスがよく回り、ギャンガンを翻弄するが、10分、ディナモ・キエフはギャンガンでの第1戦で唯一の得点をあげたエースのミゲル・ベローゾが負傷のため開始わずか10分でピッチを去る。
エースの退場後に動揺は見せたものの、よく守っていたギャンガンの緊張の糸が切れたのは31分のことであった。ディナモ・キエフはCKからヘディングで先制点をあげる。この1点で2試合通算得点は2-2となるが、アウエーゴール2倍ルールでディナモ・キエフが優勢となる。40分過ぎにギャンガンは得点のチャンスを迎えたが、得点はならず、1点ビハインド、すなわちこのままのスコアでは敗退という状況でハーフタイムを迎えた。
後半に巻き返したかったギャンガンであるが、立ち上がりの46分にディナモ・キエフは追加点をあげる。ギャンガンは1点返さなくてはイーブンにはならないという窮地に追い込まれた。
■いったんはイーブンに追いつくも、PKを決められ、ギャンガン敗退
そのギャンガンがイーブンスコアに戻したのは66分のことであった。圧倒的にボールを支配されながらもジェレミー・ピエのクロスを、クラウディオ・ボービュがつなぎ、ゴール前の混戦となったところで最後にゴールネットを揺らしたのはクリストフ・マンダンヌであった。マンダンヌのゴールで2試合ともスコアは2-1となる。残り24分間の勝負となった。劣勢の中で必死に守るギャンガンの夢が破れたのは74分のことであった。守勢一方のギャンガンはペナルティエリアの中で痛恨のファウルを犯してしまう。このPKをディナモ・キエフはオレグ・グセフが決めてリードする。ギャンガンは追いつけば勝ち抜くが、追いつけなければ敗退となる。
この勝ち越し点で興奮したファンが小競り合いを起こし、試合が一時中断する。ギャンガンの選手たちはロッカールームに引き上げ、ディナモ・キエフのGKのオレクサンドル・ショフコフスキーをはじめとする選手が観客席に近づき、ファンを鎮め、10分強の中断の後、試合は再開される。
再開後の試合時間、そして2分間のロスタイム、ギャンガンに残されたチャンスはあまりにも少なかった。ギャンガンは得点をあげることができず、1-3と敗れ、2試合通算スコアは3-4、ギャンガンの夢はウクライナの地で消えたのである。(続く)