第49回 ジャン・ピエール・パパンの引退試合

■“JPP”の引退試合は一大スペクタクルに

 5月29日21時48分、パルク・デ・プランスで主審のコロンボ氏がタイムアップの笛を吹き、ボルドーが12年ぶり5度目のリーグ制覇をした。そして最後まで優勝を争ったマルセイユはナントでの最終戦に勝ったが、栄冠に届かなかった。しかし、この両チームの優勝争いはファンを郷愁に浸らせ、例年になく熱くさせた。そして長いリーグ戦の興奮も冷めやらぬその翌日、昨年11月に引退した“JPP”ことジャン・ピエール・パパンの引退試合がマルセイユのスタッド・ヴェロドロームで行われた。
 リーグ戦の翌日になぜ、と思われる方も多いであろうが、翌週には欧州選手権予選が組まれていることから無理なスケジュールとなったのである。
 パパンの引退試合は「二部構成」で行われた。まず第一試合は「マルセイユの現役対パパン在籍時のOB」との試合。第二試合は「フランス代表対世界選抜」。有名選手には引退試合が用意されるが、これほど大がかりなものは世界でも類を見ないであろう。
 この5時間にわたる一大スペクタクルのために、スタッフは全力をあげて準備した。アナウンサーにはスタッド・ヴェロドロームのアンドレ・フルネルだけではなく、スタッド・ド・フランスからジャン・ピエール・パオリを呼び、マルセイユだけではなくフランス代表にとっても忘れられない選手の引退試合にふさわしいアナウンスをした。そしてテレビ局のTF1は人気アナウンサーのマリアンヌ・マコをパリから派遣し、マルセイユを基盤とするミュージシャンで昨年のワールドカップの際に世界的に有名になったIAMの曲を紹介した。二つの試合の間にはパパンの功績とスーパーゴールを紹介する映像が流れたが、広さ40平方メートル、重さ23トンという巨大スクリーンが二つ準備され、スペクタクルの国にふさわしい演出がなされたのである。

■パパン有終のゴールはヘディングで

 さて、気になる参加選手である。まず、前日にリーグ戦を終えナントから傷心の帰郷をしたマルセイユの選手を5万8000人のファンが大歓声で迎えた。キックオフは18時、前夜の試合が終わってからわずか20時間後である。疲れも精神的なショックもなんのその、マルセイユのジャージを着ている限り彼らはいつも「Droit au But」。これはマルセイユのチームのスローガンで「ゴールへ一直線」という意味である。
 フランス代表に選出されているステファン・ポラト、ローラン・ブラン、クリストフ・デュガリー、ロベール・ピレス以外のベストメンバーが黄金時代の先輩に挑戦した。そして「パパン時代のマルセイユ」は世界選抜といっても良いほどのメンバーがそろった。GKガエタン・ウアール、DFマニュエル・アモロス、バジル・ボリ、モーゼル、ベルナール・カゾニ、MFジョセリーン・アングローマ、ジャン・ティガナ、アラン・ジレース、ジャン・フィリップ・デュラン、FWクリス・ワドル、ジャン・ピエール・パパンという布陣で、フランク・ソーゼー、ローラン・フルニエといった豪華メンバーが控えにまわっている。ベンチではベルギー代表の監督も務めた経験のある77才の老将レイモン・ゴエタルとマルセイユ生まれのマルセイユ育ちであるジェラール・ジリが二人で指揮を執った。
 代表選手を欠く現役に対し、OBは攻めたて、37分にはパパンはヘッドで先制点を上げ、第二試合のためにベンチに退きエリック・カントナが代わりにピッチに入った。その後も黄金時代のメンバーはダニエル・ゼレが追加点をヘッドであげ、リーグ2位の現役を退けたのである。

■ベストメンバーを組んだフランス代表

 さて、第二試合はフランス代表対世界選抜。このような引退試合やチャリティー試合は豪華メンバーは集まるものの真剣味のないゲームになりがちだが、この試合は違った。
 当初の予定ではパパンが前半は世界選抜、後半はフランス代表、というようにチームを変えるというアイデアもあったが、フランス代表には加わらないこととなった。フランス代表が1週間後に欧州選手権のロシア戦、アンドラ戦と連戦を控え、ベストメンバーでこの試合に臨んだのである。フランス代表メンバーは火曜日からの合宿を控え、欧州各地から帰国し、マルセイユに集結した。
 スターターはGKファビアン・バルテス、DFリリアン・テュラム、マルセル・デサイー、フランク・ルブッフ、バンサン・カンデラ、MFアラン・ボゴシアン、エマニュエル・プチ、ユーリ・ジョルカエフ、ロベール・ピレス、FWニコラ・アネルカ、クリストフ・デュガリーという完全なベストメンバー。交代出場も含めロシア戦の18人のメンバーでこの試合に出場しなかったのはわずか3名。ウディネーゼとのUEFAカップ出場をかけたプレーオフよりもフランス代表の試合を選択し、マルセイユに駆けつけながら負傷が直らなかったディディエ・デシャン、アーセナルのマレーシア遠征で腿を負傷したパトリック・ビエイラ、スペインリーグ中のレアル・マドリッドのクリスチャン・カランブーのみ。前日に死闘を演じたフランスリーグからボルドーのシルバン・ビルトールはマルセイエーのブーイングの中から後半交代出場した。

■「世界選抜チーム」の約半数はフランス代表クラスの選手たち

 一方、パパンが先発出場した世界選抜については日本の三浦知良がクロアチアから駆けつけたことは日本の読者の方はよくご存知であろう。それ以外にはベルギーのエンゾ・シーフォ、イタリアのマルコ・シモーネ、パオロ・マルディーニなどが選出され、指揮を執るのは世界チャンピオンになったエメ・ジャケ。しかしこのチームの特徴は世界から集まったスター選手ではない。実は世界選抜とは言うものの約半数はフランス代表に惜しくも漏れた選手たちである。イブラハム・バ、リリアン・ラスランド、ミッシェル・パボン、アリ・ベナルビアといった選手はブルーのユニフォームを着てもおかしくない。パパンが主役の引退試合とは言っても両チームにモチベーションを与える点はさすが世界チャンピオン・フランスである。
 試合は世界選抜が2度リードするが直後にフランス代表が追いつくという試合展開で2-2のドロー。パパンは得点を上げることはできなかったが、満員のマルセイユのファンを前にこの半年間積んできたトレーニングの成果を見せた。72分にマルセイユのGKポラトが守るゴールネットをボルドーのラスランドが揺るがし、フランス代表は世界選抜に勝ち越しを許した。その直後の73分に同点ゴールを決めたのは21世紀のストライカーといわれるアネルカであった。パパンなきフランスサッカーは得点力不足に泣かされてきた。そのパパンの引退試合でアネルカが後継者として来るべきミレニウムに光をともしたのである。

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