第91回 サッカー観戦の特等席(前編)

■シーズンシートに座る人々の観戦スタイル

 フランスだけではなく世界を熱くさせるサッカー。この連載でも何度かご紹介したとおり、フランスではサッカーの観客動員が近年うなぎ登りである。特にワールドカップを開催するために新装されたスタジアムには多くの観客が押し寄せている。チームやゲームという内容以上に、スタジアムという「入れ物」に魅力を感じて足を運ぶ人も多い。イングランドでも1990年代にスタジアム環境を整備することにより、観客を呼び戻すことに成功している。
 さて、このスタジアムには様々なカテゴリーの座席が用意されている。その中で特等席はどこになるのだろうか。メインスタンドとバックスタンドは指定席になっており、その中でもいい席はシーズンシートに振り分けられている。チームによっては入場者の7割はこのシーズンチケットホルダーである。シーズンシートでは両隣の人に握手をしてから座席に座る。キックオフを待つ間、ピッチのウォーミングアップを見ながら、前回の試合の評論、前週のアウェーゲームの話題に始まり、この間の仕事や家族の状況にまで会話が広がり、いざキックオフとなるわけである。そして、試合終了後は「ボン・ウィークエンド(良い週末を)」と握手をして家路につく。
 シーズンシートは継続して同じ席を購入することが可能であるため、このような隣人との交流は数年にわたる。シーズンシートが比較的いい席を用意していることもあるが、このように同じチームを応援する同志とのコミュニケーションを求めてシーズンシートを購入し続けているファンも少なくはないと思われる。

■ゴール裏サポーターの問題は警察とのトラブル

 シーズンシートに割り当てられなかった座席は、一回売りやアウェーチームに割り当てられることになる。
 ゴール裏は自由席であり、ホームチームのサポーターがマフラーを振り回している。自由席であるが入場者のほとんどはシーズンチケットのホルダーである。彼らはサポーター組織を結成し、グループごとに陣取る場所を決め、組織の横断幕を掲げている。欧州では特定の選手を応援する横断幕は珍しく、ほとんどはサポーター組織の名前を書いたものである。ハーフタイムや試合前にはサポーター組織対抗のシュートアウトなどがグラウンド上で行われることもあり、時として異常な盛り上がりを見せる。
 また、フランスでは特定の政治的な背景を持つフーリガンは少ないが、ゴール裏では物々しい警備がなされ、サポーターとの小競り合いがしばしば見られる。これは政治的なものというよりは警察権力に対する抵抗である。アウェーチームのサポーターとのトラブルよりも地元警察とのトラブルが多く、サッカーを見に来ているのではなく、警察との対決を楽しみに来ているというワルも少なくない。椅子を壊して警官に投げつける事件が起こったため、椅子を撤去したスタジアムもあったが、逆に椅子がなくなると、スタジアムの中を走り回って警官とサポーターが追いかけっこ、という始末。
 いずれにせよ、一生懸命応援し、それが高じて暴力沙汰になる、という構図には必ずしも当てはまらないが、いろいろな意味で最も熱い座席がここであることは間違いない。

■地域の社交場、情報交流の場として機能するVIPシート

 そして、忘れてならないのはメインスタンドのいわゆるVIPシートである。ワールドカップの際はプレステージシートとして用意されたのをご記憶の方も多いであろう。ガラス張りのエアコン付きでゴール裏のように持ち込み禁止の空き缶が飛んでくることもない。また、テレビモニターが設置され、思わず見逃したゴールシーンを帰宅してからスポーツニュースで探し回る必要もない。そして座席には電話が用意されている。試合前にはカウンターでアペリティフ(食前酒)を楽しみ、前半のキックオフとともに前菜、後半開始とともにメインディッシュがサーブされる。そして試合終了後は再びカウンターでブランデーなどのデギュスタション(食後酒)を楽しむ。
 このように書くと、多くの読者は企業などの接待用(実際にワールドカップの際は接待用として利用された)と思われるかもしれないが、実はそうではない。これは普段多忙でお互いに顔を合わせることも少ないその町の政財界のVIPが、週末に地元チームのサッカーの試合の際に一堂に会し、コミュニケーションをとることを目的として導入されたのである。したがって、試合の前後にも場所を変えることなく商談や打ち合わせができるように食前酒、食後酒が準備され、いつでも連絡が取れるように電話も用意されている。ここに行けば、その町の要人に会うことができる地域の社交場なのである。
 オフィスでは気むずかしく、4週間も先のアポイントを秘書を通じてようやく取ることができるような人も、サッカー場では試合の結果に関係なく上機嫌で話すことができる。本連載第48回でボルドーの事例を紹介したように、高価なVIPシートはクラブ運営の収益の柱となっていることは事実だが、この空間はサッカークラブが地域に根ざしていることを象徴している。
 さて、シーズンシート、ゴール裏、VIPシートとご紹介したが皆さんはどの席を選ばれるであろうか。実は「特等席」はこのほかにもあるのである。(つづく)

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