第297回 国籍規定変更とフランス・サッカー(2) フィリップ・トルシエ、戦慄の国籍戦略

■フランスの国籍戦略

 前回の本連載で紹介したとおり、国籍戦略は最も手っ取り早い強化策としてにわかに注目を集めている。今までフランスは、二重国籍を持つ選手をフランス代表として大量にかかえ、国籍戦略の勝者であった。しかしながら、その国籍戦略を他国も開始し、フランスが今まで享受してきた利益はフランスだけのものではなくなった。ここでフランスが考えたのが、現在代表入りしていない選手に代表経験をさせることによって、他国の代表になることを防止すると言う策である。2月18日のベルギー戦ではルイ・サアとペギー・リュインデュラが代表にデビューした。この2人の起用はレギュラーメンバーであるダビッド・トレゼゲ、ティエリー・アンリの離脱が主たる理由であるが、フランスの巧みな国籍戦略の一環と見ることもできる。実はリュインデュラはコンゴ民主共和国の出身であり、コンゴ民主共和国のサッカー協会がその気になれば、今回のアフリカ選手権への出場も可能であったのである。

■カタール代表監督フィリップ・トルシエと世界陸上での成功

 さて、前回の本連載は国籍戦略に関する変化を見逃さずに巧みな動きをしているフランス人が1人いると結んだが、それはフィリップ・トルシエである。日本の皆様ならこの名前をご記憶の方も少なくないであろう。一昨年まで日本代表を率い、帰化選手を擁し、ワールドカップでは母国フランスを上回るベスト16という輝かしい成績を残した。日本の国民的英雄であるジーコにその座を追われ、現在は中東のカタールで代表チームを指揮しているが、日本での成功体験をカタールでも繰り広げようとしている。
 日本ではサッカー以外のスポーツで多くの帰化選手が活躍した前例があったようにカタールにも前例がある。昨年8月にパリで行われた世界陸上選手権の男子3000メートル障害。岩永嘉孝が予選で日本新記録を樹立し、決勝に進出したことから日本国民の注目を集めた大一番となったが、最初にテープを切ったのはカタールのサイフ・サイード・シャヒーンであった。このシャヒーンには旧名がある。その名はステファン・チェロノ、ケニアのアスリートであり、世界陸上の直前にカタール国籍を取得し、アラブ風に改名したのである。スポーツの世界で国威発揚を目的とするチェロノのカタール国籍取得作戦は見事成功したのである。

■トルシエの標的はフランスリーグ所属選手

 トルシエは同じことをサッカーの世界でも実行しようとしている。かつて白い呪術師としてトルシエが君臨したアフリカの地ではチュニジアだけではなく、トーゴやモーリタニアでも選手の帰化が一般的になっている。そして現在のカタール代表の選手も8割はカタール国外で生まれた選手である。ただし彼らはイラク、イランなどの政治的に不安定な国や、アフリカ諸国のように経済的に不安定な国からの移民であり、戦略的なものではない。トルシエの構想はフランスなどの欧州のサッカー先進国から代表未経験の選手をカタール代表にするという戦慄ほとばしるものである。
 本連載第245回でも紹介したが、カタールにはフランク・ルブッフ(フランス)、フェルナンド・イエロ、ジョセップ・グアルディオラ(以上スペイン)ガブリエル・バスティトゥータ(アルゼンチン)など多くの欧米人選手がいる。彼らはそれぞれの国で輝かしい代表歴を誇っており、カタール代表になることはできないが、彼らの人脈を活用して代表歴のない若手選手をカタール代表に仕立て上げるのである。カタールリーグにはかつてパリサンジェルマンで活躍し、訪日経験もあるパスカル・ヌマが所属しており、有力なカタール代表候補である。そしてトルシエは本国フランスにいるフランス人選手にも触手を伸ばしており、すでにジャン・クロード・ダルシュビル(ボルドー)、ステファン・ジアニ(ナント)などフランスリーグで活躍する選手がリストアップされている。また、ニースに所属するブラジル人選手のエベルソンもカタール代表含みでのカタールへの移籍を打診されている。

■トルシエの執念、アジアの台風の目となるか

 イタリア、イングランドのビッグクラブへの人材流出が問題となったフランスリーグはジャック・サンティーニの代表監督就任によってその傾向が一段落したかに見えたが、代表監督レースで敗れ中東に去った赤鬼の執念によって、再び選手が流出しようとしている。そして彼らはフランスリーグから去るだけではなく、フランス代表の青いユニフォームからも遠ざかっていくのである。またブラジル人選手のカタール代表化はトルシエの代表監督の座を奪ったブラジル人に対する復讐であろう。トルシエ率いるカタールは2月18日のワールドカップ予選初戦ではアウエーでイランに敗れたものの、欧米の若手選手をカタール代表入りさせれば、アジアの台風の目となるであろう。(この項、終わり)

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