第488回 ワールドカップへ向けて2つの親善試合(2) 人材の宝庫、海外県・海外領土
日本サッカー協会会長として多大な功績を残された島田秀夫様のご逝去を心からお悔やみ申し上げます。
■拡大する暴動、ついに非常事態宣言
パリ近郊でのアフリカ系少年2人の死に端を発した暴動は、11月7日夜から8日にかけて死者が発生し、ついに12日間の非常事態法の発動を政府が決定するに至った。フランス本土における非常事態宣言は本連載第5回から第12回で紹介したアルジェリア戦争以来のことである。観光だけではなく製造業などの多くの国内産業に打撃を与え、社会面だけではなく、経済面でも深刻な影響に直面している。暴動の主はパリ周辺に住む、移民の若者が中心であり、彼らの社会に対する不満が噴出した形になり、非常に残念な事件である。彼らと同じような境遇からの成功者がプロサッカー選手であり、現在のフランスサッカーで活躍しているアフリカ系の選手の出身地の多くはパリ近郊である。前回の非常事態宣言時には多くのアルジェリア系選手がフランス代表から去った。今回の非常事態宣言時には暴動が起きている地域出身の選手が多数いる。50年近い時代の変遷を再認識する次第である。
そのような騒乱の中、フランス代表はカリブ海に浮かぶ海外県のマルティニックへの遠征を行った。フランス代表が100年以上の歴史の中で海外県・海外領土で試合を行うのは初めてのことである。喧騒の本土から8時間のフライトで、フランス代表は初めて海外県・海外領土の地を踏む。歴史的な瞬間である。パリ近郊で暴動を起こしている若者には本人あるいは親がマリティニックなどの海外県・海外領土出身者も少なくないであろう。
■マルティニック出身の名選手
マルティニック生まれ、あるいはマルティニックが起源のフランス代表選手としてはスポーツ・ナビで2002年2月に紹介したジェラール・ジャンビオンが第一号であるが、現在活躍中の選手としては前回の本連載で紹介し、今回代表に復帰したニコラ・アネルカの他、DFのエリック・アビダル、巨漢DFのジョナタン・ゼビナが若手では挙げられる。そしてこのところ代表から外れているものの復帰を虎視眈々と狙うスティーブ・マルレ、フィリップ・クリスタンバルもこマルティニック出身であることを忘れてはならない。
■海外県・海外領土で最大の人材の宝庫、グアドループ
ちなみに、海外県・海外領土の中で最も多くのタレントを輩出しているのはマルティニックの北に浮かぶ海外県グアドループである。1980年代初めにフランス代表の主将を務めたマリウス・トレゾール、1980年代から1990年代にかけてはリュック・ソノール、ジャン・ピエール・シプリアン、ジョセラン・アングロマ、フランク・シルベストルが活躍した。さらに1998年のワールドカップではベルナール・ディオメドが優勝メンバーとなり、1982年大会の準決勝で涙を呑んだトレゾールの無念を晴らした。今回の遠征にはグアドループに縁のある選手としてティエリー・アンリ、ウィリアム・ギャラス、リリアン・テュラム、シルバン・ビルトールが参加しており、まさに人材の宝庫である。
この遠征の直後にドイツ戦が控えているため、足を延ばして里帰り、というわけに行かないのは残念なことである。さらに、代表復帰の可能性が十分にあるオリビエ・ダクール、ミカエル・シルベストルもグアドループにゆかりがある。
■世界中の海外県・海外領土から名選手
その他の海外県・海外領土も多くの有力選手を輩出している。南米の唯一のフランス領であり、宇宙ロケットの打ち上げ基地として名高い海外県ギアナからは名GKのベルナール・ラマ、今回の遠征メンバーにもなっているフローラン・マルーダ、インド洋に浮かぶ海外領土ニューカレドニアからはクリスチャン・カランブーとジャック・ジマコ、太平洋のバカンス地の海外領土タヒチ出身ではパスカル・バイルア、マダガスカルの東方の小島であり、フランス、インド、中国の文化の交差点で世界最高の食文化の島と言われている海外県レユニオン出身にはローラン・ロベールがいる。このように多士済々であり、海外県・海外領土からの人材がフランスのサッカーを支えているのである。
海外県・海外領土は多くのタレントを輩出していながら、その出身者は本土ではさまざまな障壁に悩まされている。彼らを含む若者が暴動を起こす中、フランス代表は海外県・海外領土で初めて試合を行うのである。(続く)