第585回 美しく青き敗者たれ(3) 史上有数のカードコレクター・ジネディーヌ・ジダン

■ジダンのためのワールドカップ

 大会前に今回のワールドカップを最後に代表チームから退くことを表明していた選手は数多くいたが、現役選手からも引退を表明していた選手は数少ない。そしてそのうちの1人がフランスのジネディーヌ・ジダンであった。ジダンは1998年のワールドカップ優勝と2000年欧州選手権優勝に貢献しただけではなく、数々のチームタイトル、個人タイトルを獲得した。2004年欧州選手権の後、フランス代表から離れていたが、昨年の夏にレイモン・ドメネク監督から請われてワールドカップ予選で苦戦していたフランス代表に復帰、ジダンの力でなんとかフランスはワールドカップ行きのチケットを手にすることができた。そして今年になってこのワールドカップを最後にユニフォームを脱ぐと宣言、フランス国民にとって今回のワールドカップはジダンのためのワールドカップになってしまったのである。

■グループリーグまで続いた低空飛行

 ところが、5月の末から6月の初めにかけて行われたメキシコ、デンマーク、中国との親善試合でジダンは精彩を欠き、不安がよぎる。そしてこのジダンの低空飛行は本大会が始まっても続き、第1戦は若いスイスの組織的な守備に対してことごとく攻撃の芽を摘まれた。さらに第2戦は4年前に苦い思い出のある韓国と対戦した。4年前はジダンめがけて執拗なファウルを繰り返した韓国であったが、今回はジダンに対してファウルを試みようとする韓国人選手はいない。より正確に言うならばジダンはファウルで止めなくてはならない選手ではなかったのである。逆にジダンはファウルをしなくては韓国選手を止められなくなかった。85分にはプッシングの反則でスイス戦に続いて警告を受け、累積警告によってトーゴ戦は欠場せざるを得なくなった。
 歴史を振り返れば優勝した1998年大会も第2戦のサウジアラビア戦で一発退場を宣告され、グループリーグの第3戦と決勝トーナメントの1回戦を欠場している。

■決勝トーナメントで見事よみがえったエース

 しかし、ジダンはよみがえった。決勝トーナメント1回戦のスペイン戦では勝ち越し点を演出するFK、ロスタイムのダメ押しゴールと大活躍をした。さらに準々決勝のブラジル戦も唯一のゴールはジダンのFKから生まれた。ジダンのキックを上手くティエリー・アンリがボレーで決めて、初めてジダン-アンリのホットラインが青いユニフォームで実現した。そして準決勝のポルトガル戦、33分にアンリがペナルティエリアの中で倒され、PKのチャンスを得る。このPKをジダンがきっちりと決めて、フランスは2大会ぶり2回目の決勝に進出する。
 まさにお膳立ては整ったのであり、本大会64番目の試合が、ジダンにとって現役最後の試合となったのである。そして準決勝と同様に、フランスは先制のチャンスを得る。開始早々の7分にマテラッティがフローラン・マルーダをペナルティエリア内で倒し、ジダンがPKを蹴る。準決勝とは異なり技巧的なキックで先制点、ジダンの花道は準備できたのである。

■ワールドカップ12試合出場で警告4回、退場2回

 その後イタリアが同点に追いつき、試合は延長戦へ、そして運命の110分、マテラッティに頭突きを食らわした背番号10にはレッドカードが差し出される。今後、FIFAによる調査が行われ、その真相は今後明らかになっていくであろうが、侮蔑的な発言があったとしてもジダンが暴行で対応したことは紛れもない事実である。
 ジダンはスペイン戦でも警告を受けており、今大会は6試合に出場し、警告3、退場1とさんざんな状況であった。歴史をさかのぼれば、1998年大会でも5試合に出場し、第1戦の南アフリカ戦の警告とサウジアラビア戦の退場で警告1、退場1、2002年大会はわずか1試合の出場で処分なしである。すなわちワールドカップ本大会に12試合出場して警告4、退場2(しかも両方とも一発退場)、出場停止試合3という史上稀に見る「カードコレクター」であった。決勝での退場はカードコレクターらしい姿だったのかもしれない。(この項、終わり)

このページのTOPへ