第3061回 チャンピオンズリーグ開幕 (1) パリサンジェルマンとユベントスの初顔合わせ
平成23年の東日本大震災、平成28年熊本地震、平成30年7月豪雨、台風15号、19号、令和2年7月豪雨などで被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。また、復興活動に従事されている皆様に敬意を表し、被災地域だけではなくすべての日本の皆様に激励の意を表します。
■21世紀になってから対戦していないパリサンジェルマンとユベントス
9月6日にチャンピオンズリーグのグループリーグが開幕し、初日にパリサンジェルマン-ユベントス(イタリア)戦、2日目にトットナム・ホットスパー(イングランド)-マルセイユ戦が行われる。フランスからパリサンジェルマンとマルセイユのみがチャンピオンズリーグに出場するのは史上初めてのことである。そしてこの両チームは初戦で最もタフな相手と戦うことになった
まずは、パリサンジェルマンとユベントスの戦いについて紹介しよう。パリサンジェルマンの過去10シーズンのリーグでの成績は8回優勝し、優勝できなかった2シーズンも2位である。一方のユベントスも過去10シーズンのうち8回優勝している。直近の2年はいずれも4位に終わっている。このようにイタリアとフランスのリーグチャンピオンの座をほぼ独占し、2010年代以降はチャンピオンズリーグに連続出場している両チームであるが、この間、不思議なことにチャンピオンズリーグでの対戦はない。2011年にカタール資本になってからイタリア勢と対戦したのは2回だけ、2018-19シーズンのナポリ(グループリーグ)、2019-20シーズンのアタランタ・ベルガモ(1回戦制の準々決勝)だけであり、ユベントスだけではなく、ACミラン、インテルミラノというチームとも対戦していない。
■新興チームだった初対戦時のパリサンジェルマン
ところが、パリサンジェルマンは欧州三大カップと言われていた1980年代から1990年代にかけてしばしばユベントスと対戦していたのである。
パリサンジェルマンが初めて貴婦人と言われるユベントスと対戦したのは1983-84シーズンのカップウィナーズカップである。1970年創立のパリサンジェルマンは国内タイトルも2年連続でフランスカップを制しただけで、リーグの最高順位も3位という新興チームであった。
前年に初めて欧州三大カップ(カップウィナーズカップ)に出場し、ブルガリアのロコモティフ・ソフィア、ウェールズのスウォンジーを下し、ベルギーのウィーターシェイに準々決勝で敗れ、2年連続の出場となったこのシーズンは1回戦で北アイルランドのグレントランを下し、2回戦(ベスト8決定戦)でユベントスと対戦することとなった。
■前年のワールドカップ優勝メンバーを揃えたユベントス
ユベントスは、その時点でリーグ優勝20回を誇るイタリアサッカーの名門である。さらにユベントスは1963-64シーズンから21シーズン連続して欧州三大カップに連続出場していた。当時のユベントスにはフランス代表として活躍しているミッシェル・プラティニをはじめとして、イタリア代表としてワールドカップを制したパオロ・ロッシ、ステファノ・タッコーニ、ガエターノ・シレア、クラウディオ・ジャンティーニ、アントニオ・カブリーニ、マルコ・タルデリ、ポーランド代表としてワールドカップで3位となったズビグニェフ・ボニエクという豪華なメンバーを揃えていた。ボスマン判決以前は外国人枠が3人であったことを考えるとこれだけのメンバーを揃えたチームは稀有であり、名将ジョバンニ・トラパットーニ監督が指揮を執る。
他方、パリサンジェルマンはワールドカップで実績があったのはフランス代表のドミニク・ロシュトー、ルイ・フェルナンデス、アラン・クリオルそして当時のユーゴスラビア代表のサフェット・スジッチくらいであり、両チームの差は明白であった。
■2試合ともドロー、アウエーゴール2倍ルールでユベントスが勝ち抜き
しかし、1983年10月19日にパルク・デ・プランスで行われた試合は前半の終盤にクリオルが先制点をあげて折り返す。後半に入ってユベントスはボニエク、カブリーニが連続ゴールで逆転する。ただ、パリサンジェルマンも90分にミッシェル・エンゴムのゴールで追いつき、2-2のドローとする。当時はアウエーゴール2倍ルール、ホームでのハイスコアでの引き分けは負けに等しかった。
11月2日にトリノで行われた第2戦はスコアレスドローでユベントスが勝ち抜く。その後ユベントスは勝ち進んでこの大会で優勝したが、優勝するまでの戦績は6勝3分、唯一パリサンジェルマンからは勝ち星をあげることができなかったのである。(続く)