第1975回 8強が決まったフランスカップ (1) 2部19位のソショー、1部2位のモナコを破る
5年前の3月11日の東日本大震災で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。また、復興活動に従事されている皆様に敬意を表し、東北地方だけではなくすべての日本の皆様に激励の意を表します。
■リーグ戦で勝ち星なしが続くソショー
今年のフランスカップはジャイアントキリングがほとんどなかったベスト32決定戦から一転してジャイアントキリングや1部勢の苦戦が相次いだベスト16決定戦となった2月上旬に行われたベスト8決定戦は1部勢10チーム、2部勢2チーム、4部に相当するCFA3チーム5部に相当するCFA2部1チームで争われた。
ベスト8決定戦の組み合わせは1部勢同士の対戦が3試合、1部勢と下位のリーグ勢の対戦が4試合、2部勢とCFA2部の対戦が1試合となった。2月9日に3試合、10日に4試合、11日に1試合が行われ、1部勢同士の対戦3試合は2月10日に設定された。
初日の9日の3試合はソショー(2部)-モナコ(1部)戦、サンマロ(CFA)-GFCアジャクシオ(1部)戦、グランビル(CFA2部)-ブール・アン・ブレス(2部)戦といういずれも異なるリーグ同士の対戦となった。
2部でも19位と不振なソショーはリーグ戦では昨年12月18日に勝利して以来一度も勝ち星がない。しかし、フランスカップでは7回戦でストラスブール、8回戦でナンシーと優勝経験のあるチームに勝利し、ベスト32決定戦ではCFA2部のパニー・シュール・モゼールを下し、ベスト16決定戦で1部のバスティアに勝利している。
一方のモナコは1部で2位とは言え、独走するパリサンジェルマンとの勝ち点差は24、リーグ優勝の可能性は極めて低く、実質的にこのフランスカップが獲得の可能性のあるタイトルである。
■モナコを圧倒したソショー
中国資本となったソショーでこのモナコ戦を特別の感慨で迎える選手がいる。それはマルクス・テュラムである。名字からわかる通り、リリアン・テュラムの息子であり、18歳となった今季からソショーとプロ契約している。父リリアン・テュラムは1991年から1996年までモナコに所属し、フランス国内で唯一所属したクラブがモナコであった。父リリアン・テュラムはモナコでは優勝メンバーになることができなかったが、プロ契約をした年にモナコはこのフランスカップを獲得している。父があと一歩で届かなかったタイトルを18歳にして狙う立場にある。また、父がモナコに所属していたころのモナコのスポンサーは自動車メーカー、ソショーとは自動車ダービーとなり、日本の皆様ならば横浜Fマリノスと名古屋グランパスの戦いの異様な盛り上がりと同じであると言えばご理解いただけるであろう。
そして試合は順位とは全く逆の展開となり、元気のないモナコをホームのソショーが圧倒した。19分にフローリアン・マルティンが先制し、モナコも38分にバカヨコが同点のヘディングを決めるが、後半に入って54分にソショーはハジ・サコが決勝点をあげて、バスティア戦に続き、1部勢を倒してベスト8入りした。
■リーグ戦で勝ちのないGFCアジャクシオ、サンマロに逆転勝ち
今から92年前の1924年以来のベスト8入りを目指すサンマロはギャンガンに舞台を変え、7000人のファンと共にGFCアジャクシオを迎え撃った。ここまで7試合戦ってきたサンマロは8試合目にして初めて1部勢との対戦、GFCアジャクシオは年が明けてからリーグ戦では1勝もしていない。サンマロは前半の34分に先制点を奪い、ファンのボルテージは上がったが、GFCアジャクシオは2トップのケビン・マイとカリド・ブタイが1点ずつあげて逆転勝利し、ソショー同様リーグ戦では不振だがフランスカップでは快進撃を続けている。
■CFA2部勢として5年ぶりに8強入りしたグランビル
そしてグランビルは3つ上のリーグである2部のブール・アン・ブレスと対戦する。前後半両チーム無得点で延長戦に入り、延長前半の98分にトニー・アンテレネが決勝点をあげ、3200人の地元ファンを歓喜させた。1-0で勝利したグランビルはCFA2部のチームとしては2011年のシャンベリー以来5年ぶりのベスト8進出を決めたのである。(続く)