第838回 パリサンジェルマン、リーグカップを制す(6) 社会問題となった侮蔑的な横断幕
■ランスを怒らせた侮蔑的な横断幕
ロスタイムの2度にわたる不可解な判定によってランスはパリサンジェルマンに敗れ、監督のジャン・ピエール・パパンをはじめとしてファンも怒りをあらわにした。そしてその怒りが尋常なものではないのは別の理由があった。それは、エリック・カリエールが52分に同点ゴールをあげているが、この時間帯に、パリサンジェルマンのファンはランスのイレブンだけではなく、フランス北部地方の人々を侮蔑するような内容の横断幕を掲げたのである。この横断幕は白地に手書きで「PEDOPHILES, CHOMEURS, CONSANGUINS : BIENVENU CHEZ LES CH'TIS」と書かれたものである。この意味は「小児性犯罪者、失業者、近親交配、ようこそシュティの国へ」という意味である。2階席の最前列で、パリサンジェルマンの応援席の定番ともなっている「BOULOGNE BOYS」「GIRLS」「KOP OF BOULOGNE」という20年続く横断幕の上に掲げられた。
■横断幕に同点ゴールで反論したランス、怒りのジャン・ピエール・パパン監督
この横断幕は第836回の本連載で紹介した、大ヒット映画の題名とフランス北部に対して侮蔑するものであり、反対側に陣取ったランスのファンだけではなく、スタジアム全体から非難の声が上がり、場内は騒然となった。そしてその横断幕に向かって攻めるランスのイレブンは奮起し、カリエールが同点ゴールを決める。わずか5分ほどでその横断幕は片付けられたが、この横断幕の存在は試合中だけではなく試合後も大きな反響を呼んだ。
自らも北部の出身で、現役時代はマルセイユの選手としてパリサンジェルマンと戦ったジャン・ピエール・パパン監督はロスタイムの不可解な判定に加え、フランス北部の人々に対する重大な侮蔑であるとして試合終了後の実況中継のインタビューの中で強く抗議した。フランスのサッカー界は現在スタジアム内外での差別と戦っている。フランスリーグのフレデリック・ティリエズ会長はこのパリサンジェルマンのファンの行為を強く非難している。ランスは試合の翌日、パリのファンの侮蔑的な行為に対し、法廷に提訴した。フランスにおいては公衆の場での差別行為は1年以下の懲役、1万5000ユーロの罰金が科せられる。もちろん、不可解な判定とともに決勝戦のやり直しも求めている。
■地域間の差別意識が露呈した横断幕
パリを中心とする首都圏が地方に対する優越感がこのような差別的な横断幕を登場させたと言えよう。また、ダニー・ブーン監督の「ようこそシュティの国へ」はコメディ映画であるが、その根底に地域間の差別意識が存在していたから、大ヒットとなったのであろう。
サッカー界における差別行為は社会問題となった。そして、リーグカップの決勝と言うことで多くの政治家もこのスタジアムで観戦していた。このサッカー界における差別行為を彼らが見逃すはずがない。社会党のランスのギ・デルクール市長はフランス北部を侮蔑するパリのファンに対する怒りを示すとともに、横断幕の撤去を支持しなかった審判団の怠慢を指摘した。
■横断幕の撤去を指示したのはニコラ・サルコジ大統領
実はこの横断幕の撤去を指示したのは観戦していた右派のニコラ・サルコジ大統領である。サルコジ大統領はパリ近郊を地盤としており、大のパリサンジェルマンのファンである。もちろん、大統領と言う立場で観戦し、大統領就任前は強硬派の内務大臣であり、スタジアムでのファンに対しては厳しい姿勢をとってきた。そのサルコジ大統領が、横断幕の存在に気づき、セキュリティ担当者に横断幕の撤去を指示したのである。逆に言うと、サッカーの世界の人間はこの横断幕の撤去を自主的に行わなかったということになる。試合を司る審判員はピッチ内での判定だけではなく、スタジアムにおける横断幕に対しても適切な措置ができなかったということになる。今回の欧州選手権でフランスは初めて審判団を本大会に送り込むことができなかった。フランスにおける審判のレベルダウンは憂慮すべき事項であり、今回の横断幕事件において審判団が対応しなかったことはフランス国内における審判の評価をまた下げることになった。
ロスタイムの不可解な判定だけではなく、差別撤廃に取り組みながら、横断幕の撤去に対応しなかったサッカー界は今回の事件で威信を失うことになった。そして7万8000人の観衆と1000万人以上の視聴者の前で出現した横断幕は、パリ近郊の住民の他地域に対する優越感というフランスの抱える課題が顕在化したのである。(この項、終わり)