第217回 マルク・ビビアン・フォエ選手へのオマージュ
■前日本代表監督フィリップ・トルシエの夢
前回までコンフェデレーションズカップでのフランス代表の優勝までの道のりを5回に渡って取り上げたが、日本の読者の皆様から準決勝のカメルーン-コロンビア戦で不慮の死を遂げたマルク・ビビアン・フォエ選手に対する敬意が足りないと日本の読者の皆様からお叱りのお便りをいただいた。
準決勝でフォエ選手が急逝した後、決勝戦の中止、カメルーンチームの決勝辞退など様々なニュースが流れたが、予定通り決勝戦は行われた。決勝戦を前に関係者の様々な意見があったが、その中で注目すべきは昨年まで日本代表の監督を務めていたフィリップ・トルシエのメッセージである。「決勝戦で両チームが無得点で90分を終え、そして延長戦でも無得点となり、PK戦で勝敗を決する時点で両チームの選手がPK戦を戦うことを拒否し、両チームがトロフィーを分かち合う、それが私の夢だ」というトルシエの夢は、サッカーが文化として確固たる地位を築いている日本での4年間の薫陶を受けたことを象徴していると言えよう。読者の皆様からいただいたご意見を真摯に受け止め、自国の優勝に浮かれた自らを厳しく戒め、今回はフォエ選手へのオマージュとしたい。
■カメルーンからランスへ、4年目でリーグ初制覇
本連載の第27回、第31回、第57回、第90回でもフォエ選手について取り上げたこともあるが、あらためてフォエ選手の足跡を簡単に紹介したい。フォエ選手は1975年5月1日にカメルーンのヌコロで生まれる。1993年にはカノン・ヤウンデのメンバーとしてカメルーンカップを制覇し、この大会での活躍が認められて1994年夏に多くのカメルーンの選手同様サハラ砂漠と地中海を越えてフランスにやってくる。フランスでの所属はRCランスである。サッカーの盛んな炭鉱町にあるこのチームにフォエ選手は4シーズン余り所属する。特筆すべきはランスに所属した4年目の1997-98シーズンにリーグ優勝に貢献したことであろう。ランスはメッスと勝ち点で並びながら得失点差で上回り、1906年設立のランスはリーグ初制覇を達成する。
ワールドカップ・フランス大会を控えたシーズンで優勝したこともあり、フォエ選手はフランスワールドカップに向けた代表チームのメンバーとなり、フランス人監督クロード・ルロワ率いるカメルーン代表は本大会に向けて合宿を行っていた。しかし、この合宿中にフォエ選手は負傷し、自らがリーグ優勝を果たしたばかりのフランスの地でワールドカップに出場することはかなわない夢となった。
■リヨンでは古巣ランスを破り、リーグ初優勝
1998年11月にフォエ選手はプレミアリーグのウエストハム・ユナイテッドに移籍する。ロンドン東部の名門チームで2シーズン過ごした後に再びドーバー海峡を渡り、今度はリヨンに移る。1990年代後半から着々と実力を蓄え、現在のフランス代表監督のジャック・サンティーニ監督率いるリヨンでフォエ選手は活躍し、1年目の2000-01シーズンは2位、そして2年目の2001-02シーズンは最終節に古巣のランスと直接対決をリヨンのジェルラン競技場で行い、劇的な逆転優勝を果たす。そしてこの優勝もまたリヨンにとって初めての優勝であった。
歴史的に見ても70年にわたるフランスリーグの歴史の中でリーグ優勝をしたことがあるチームは18チームしかない。1992-93シーズンを最後にマルセイユの連覇が途絶えた後ですら、初優勝を遂げたチームは1995-96のオセール、そして1997-98のランス、2001-02のリヨンの3チームだけである。このうち2度のリーグ初優勝に貢献したのはフォエ選手だけであり、初優勝請負人といえるであろう。しかもその2度の初優勝はいずれも大混戦であった。そしてその2度の優勝がいずれもワールドカップの直前のことであり、フォエ選手は優勝後プレミアリーグのチームに移籍するという共通点がある。
■カメルーン代表主将リゴベール・ソング
最後にフォエ選手を語る上で忘れてはいけない選手を紹介しよう。カメルーン代表主将のリゴベール・ソングである。ソングもフォエ選手と同時期の1994年の夏にカメルーンからフランスに移籍している。フランスでの所属チームはメッスであり、1997-98シーズンはフォエ選手のランスに優勝を譲っている。その後、プレミアリーグに移籍し、2000-01シーズンはフォエ選手と入れ替わりでウエストハムに移籍した。そしてフォエ選手が再びフランスを去った昨シーズンには逆にフランスに戻ってきており、現在はフォエ選手が初優勝の栄冠に輝いた「血と黄金」と言われるランスの赤と黄色のユニフォームを着ている。9年前にカメルーンからフランスに渡ってきたこの2人のその後のキャリアを振り返ってみると、本当に惜しい選手をフランスのサッカー界は失ったものである。謹んでフォエ選手の冥福を祈りたい。(この項、終わり)