第647回 パルク・デ・プランスで死亡事件(2) フランス在住のユダヤ人を取り囲んだパリのサポーター

■逮捕歴があった2人のパリサンジェルマンのサポーター

 前回の本連載の終わりに今回の事件で死傷した2人のパリサンジェルマンのサポーターを紹介したが、この2人には実はいずれも逮捕歴がある。亡くなった電気修理工は自動車に火をつけ燃やした自動車毀損罪で逮捕されたことがあり、重傷となった青年はパルク・デ・プランスで発炎筒を投げたことがあり逮捕されている。犠牲となった2人には申し訳ないが、この2人はいわゆる「ワル」だったようである。ここまで書くと、逮捕歴のあるサポーターの争いに介入した警官がファンの騒ぎを収めるために発砲し、そのサポーターが犠牲者となった、と思われる読者の方も多いであろうが、それだけではない複雑な事情が絡んでいる。

■パリサンジェルマンのサポーターだったハポエル・テルアビブのファン

 今回の事件の真相が単なる「ワル」がらみのいざこざではなく、さらに深い原因があることを説明するには、残り2人の主要な登場人物のプロフィールを紹介しなくてはならないであろう。
 死傷した2人に次ぐ第3の登場人物は競技場外でこの2人に囲まれた23歳のハポエル・テルアビブのファンである。ここであえて「サポーター」という表記ではなく「ファン」と表現したのには理由がある。読者の皆様はこのハポエル・テルアビブのファンはテルアビブから空路でパリに応援に駆けつけたと思われるであろうが、実はこのハポエル・テルアビブのファンはパリ在住のフランス人である。
 そしてこのハポエル・テルアビブのファンはパリサンジェルマンのファンであり、彼の母親の供述によると、パリサンジェルマンのサポーターズクラブにも所属し、パリサンジェルマンの青白赤のマフラーを着用してパルク・デ・プランスに出かけていたという。なぜこの日だけはパリサンジェルマンの相手チームを応援したのであろうか。彼の母親の供述に戻ると、彼が応援するチームはパリサンジェルマンであったが、パリサンジェルマンと並んでこのハポエル・テルアビブを応援し、彼が応援する2つのチーム同士の戦い、すなわちパリサンジェルマンとハポエル・テルアビブの試合を心待ちにしていたと言う。

■パリ在住のユダヤ人だったハポエル・テルアビブのファン

 この不思議な状況は彼の出自を説明しなくてはならない。それは彼がフランス人とは言ってもユダヤ系のフランス人だったからである。これまでに大きな迫害を受け、世界中に散り散りばらばらになったユダヤ人、フランスにも多くのユダヤ人が生活している。フランス語を話し、フランス国籍を有し、フランスで生活していても心のよりどころはダビデの星である。居住地であるパリのクラブであるパリサンジェルマンを応援しながらも、心はイスラエルのクラブであっただろう。彼は4人で観戦に行き、ハポエル・テルアビブのサポーターであるような格好もしていなかったが、イスラエル国旗を持っていた。このイスラエル国旗が悲劇を生むきっかけとなったのである。ユダヤ人である彼にとってハポエル・テルアビブのパリ訪問はなにものにも替えがたい大きな喜びであったであろう。普段はパリサンジェルマンを応援している彼が、この日はハポエル・テルアビブの勝利に歓喜したことは想像に難くない。

■ユダヤ人に対する人種差別的な発言

 イスラエル試合終了後、パリサンジェルマンのサポーターたちはイスラエル国旗を見つけ、人種差別的な発言を繰り返す。この言葉を聞いてユダヤ人たちは、恐怖のため走って逃げ出したと言う。そして、走って逃げ出した獲物たちをパリサンジェルマンのサポーターたちが取り囲んだ。パリサンジェルマンのサポーターの数は150人とも言われ、ユダヤ人はわずかに4人であったユダヤ人を取り囲んだパリサンジェルマンのサポーターの大群は地下鉄の駅があるポルト・ド・サンクルー広場に出たのである。
 そこにこの事件で4人目の主要な登場人物である32歳の警官がこの取り囲まれたユダヤ系フランス人を助けるために登場したのである。この警官は競技場周辺の交通整理にあたり、警察の車を護衛する担当であったが、大人数のパリサンジェルマンのサポーターに追われる少数の人間を救助するために混乱の中に入ったが、彼の存在が新たな火種となったのである。それもまたこの警官の出自に大きく影響するのである。(続く)

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