第739回 2007年ツール・ド・フランス(1) カザフスタンの星、アレクサンドル・ヴィノクロフ
■ドーピングに揺れた2006年大会
前回の本連載は8月初めに開幕するリーグ戦に向けての各チームの準備状況を紹介した。各チームは合宿や練習試合で新シーズンの準備に余念のないところであるが、7月のフランスのスポーツの中心はなんと言ってもツール・ド・フランスである。本連載でも100周年を迎えた2003年にツール・ド・フランスについて紹介したが、何度説明してもしきれない奥の深さを持つスポーツイベントである。
今年が94回目となるが、今回の見所は一昨年まで前人未到の7連覇を果たしていた米国のランス・アームストロングに代わって誰が後継者となるかであろう。昨年の大会はオペラシオン・プエルトといわれるドーピング疑惑で大量の有力選手が出場できなくなった。オペラシオン・プエルトとはスペイン警察がドーピング摘発作戦のコードネームであり、昨年の5月に血液ドーピングを行ったスペイン人医師を逮捕、この医師と関係のあった約50人の選手はツール・ド・フランスへの出場を断念せざるを得なかった。さらに米国のフロイド・ランディスが1位でゴールインしたが、優勝した4日後にドーピング調査が陽性であることが明らかになり、2位のオスカル・ペレイラが繰り上げ優勝見込みという大会前も大会後もドーピングが最大の話題となる残念なものであった。また、オペラシオン・プエルトではヤン・ウルリッヒが引退へと追い込まれてしまった。
■ランス・アームストロングとして期待されるアレクサンドル・ヴィノクロフ
そしてそのドーピング疑惑で揺れた大会から1年たち、ツールの季節がやってきた。昨年出場できなかった選手の半数以上が今大会に戻ってきた。今大会で本命視されているのはアレクサンドル・ヴィノクロフである。ヴィノクロフはカザフスタンの選手で所属するチームはアスタナ、すなわちカザフスタンの首都の名前がついている。このヴィノクロフはシドニーオリンピックのロードレースで銀メダルを獲得し、2003年のツール・ド・フランスでは3位に入っている。カジノ、Tテレコムを経て、2006年からスペインのリバティに所属し、アームストロングの後継者として期待されたのである。
■オペラシオン・プエルトの被害者となったヴィノクロフ
ところが、この移籍が裏目となり、昨年のツール・ド・フランスを前にヴィノクロフはオペラシオン・プエルトに巻き込まれた。ヴィノクロフ自身はドーピングとは無縁であったが、ヴィノクロフが所属していたリバティのチームの監督と医師がこのドーピング疑惑によって逮捕され、チーム全体がツール・ド・フランスに出場できなくなってしまったのである。
■カザフスタン政府が支援した「アスタナ」のエースに
ヴィノクロフにとって痛かったのはツール・ド・フランスに出場できなくなっただけではなかった。ドーピングに関して逮捕者が出たためチームのメインスポンサーが下りてしまう。金銭的な支援を失った名門チームのリバティは解体したに等しい状態となり、ヴィノクロフの選手生命も危ぶまれたのである。ここで登場したのがヴィノクロフの母国カザフスタン政府である。カザフスタン政府は自国のスポーツヒーローであるヴィノクロフを救うために、登場したのである。カザフスタン政府は自国企業を中心に資金を集め、資金援助を行って瀕死の状態のリバティを自国の首都名を冠した「アスタナ」と改称し、エースのヴィノクロフを支援したのである。ヴィノクロフは母国の首都の名のつくチームの一員として9月には世界三大ツールと言われるスペインのブエルタ・ア・エスパーニャで優勝を飾ったのである。
そして迎えた2007年、アスタナは疑惑の地スペインを離れ、スイスに本拠地を移し、エースのヴィノクロフにツール・ド・フランスの優勝者に与えられるマイヨー・ジョーヌを獲得させるべく、再出発をした。カザフスタン政府がバックアップするチームにはヴィノクロフを含む7人のカザフスタン人の選手が所属している。
昨年の悔しい思い出を晴らすために、闘争心あふれるヴィノクロフの走りに注目したい。(続く)