第2290回 崖っぷちのラグビー代表(4) ギ・ノベス監督を解任、新監督はジャック・ブルネル

 7年前の東日本大震災、一昨年の平成28年熊本地震などで被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。また、復興活動に従事されている皆様に敬意を表し、被災地域だけではなくすべての日本の皆様に激励の意を表します。

■三顧の礼をもって監督に迎えられたギ・ノベスの惨憺たる成績

 これまで大差をつけて勝利を重ねてきた日本相手に引き分けてしまったフランス、この試合がこけら落としとなったナンテールのUアリーナでは観客からフランスのフィフティーンに厳しいブーイングと罵声が浴びせられた。そして翌日の新聞にも「腹切り」という見出しが躍る。
 6月の南アフリカ遠征以来、テストマッチではこれで6試合連続勝ちがないフランス代表、指揮官のギ・ノベスに対する風当たりは強かった。2011年のワールドカップ後には就任を依頼しながら断られ、2015年のワールドカップ前にすでに大会後の監督就任が決まっていたというまさに三顧の礼を持って迎え入れられたノベス監督であったが、就任してからの戦績は21戦してわずかに7勝、1引き分け、そして13敗という惨憺たるものであった。

■フランス代表監督で初めて任期を待たずして解任

 フランスラグビー連盟のベルナール・ラポルト会長は秋のテストマッチが終了してほぼ1月経過した12月27日にノベス監督とそのスタッフのヤニック・ブルとジェフ・デュボワの更迭を発表したのである。
 任期途中で監督を更迭するのはフランス代表の歴史の中で初めてのことである。サッカーの場合も1989年のイタリアワールドカップ予選期間中にアンリ・ミッシェルからミッシェル・プラティニに交代したことがあっただけである。

■新監督はジャック・ブルネル

 ノベス監督の後任はジャック・ブルネルである。日本の皆様であれば、イタリア代表の監督として訪日したことがあることからよく御存じの監督であろう。2012年から2016年までの5年間、イタリア代表の監督を務めている。この間の成績は11勝39敗、6か国対抗に限れば4勝21敗となる。2015年のワールドカップでは予選プールで3位になっている。世界ランキングの最高位は10位であった。ブルネルは選手時代はフルバックを守っていたが、これといった実績があるわけではない。引退後オーシュ、コロミエ、ポーの監督を歴任し、国内外の大会でしばしば上位に食い込み、指導者としての手腕は高く評価された。
 そして2001年にはフランス代表にフォワードコーチとして入閣する。バックス出身者のフォワードコーチは異例である。6か国対抗でも4回優勝し、優勝し、2007年のワールドカップで準決勝敗退するまでコーチとしてチームを支えた。フランス代表から退いた後はふたたびフランス国内の強豪、ペルピニャンの監督を務め、イタリア代表の監督に就任した次第である。
 イタリア代表の監督を務めた後は国内の新興チームのボルドー・べグルのフォワードコーチになる。ボルドーのラグビーと言えばローラン・ルノーが有名であるが、2011年に1部に相当するTOP14に昇格してからは降格することなく、地位を保っている。そして昨年3月に監督のラアフェル・イバネスが成績不振のため辞任すると、ブルネルが監督に昇格した。今季も前半戦を終えたところで7勝1分5敗で8位、後半戦で上位進出を狙おうとしていたところに、ブルネルに代表監督の話が持ち込まれた。

■片腕として期待したファビアン・ガルティエは代表入りを断る

 緊急事態とあってラポルト会長はブルネルの就任にあたり、TOP14の監督、コーチ、解説者から数人をスタッフとして迎えることを提案した。中でも有力だったのがかつての名スクラムハーフのファビアン・ガルティエ、しかし、現在解説者として活躍するガルチエはフランス代表入りを固辞、それ以外の候補者も次々と代表入りをためらう。結局、代表入りしたのはスクラムを担当するセバスチャン・ブルーノ、バックスラインを担当するジャン・バティスト・エリサルド、ラインアウト担当のジュリアン・ボネールなどにとどまった。
 さらに、ラポルト会長が更迭を発表した2日後にはノベス前監督は契約解除の事前通告がなかったということで申し立てて反撃を開始する。
 組閣の時点ですでに荒波にもまれた形になったブルネル新監督であるが、就任して1月後の2月初めには最初の試練となる6か国対抗が開幕するのである。(続く)

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