第1027回 アイルランドとのプレーオフ(1) 久しぶりの11月の真剣勝負に挑む24人

■フランスにとって久しぶりとなる11月の予選

 チャンピオンズリーグは11月初めに第4節まで終了し、この段階でボルドー、リヨンが年明けから行われる決勝トーナメント出場を決定し、出遅れた感のあったマルセイユも中盤で連勝し、十分な可能性を持って折り返している。
 チャンピオンズリーグの次節は11月下旬に行われるが、ファンの注目は中旬のワールドカップ予選のプレーオフであろう。フランスはアイルランドと対戦するが、14日にダブリン、18日にスタッド・ド・フランスで連戦を行う。本連載第1018回で紹介したとおり、フランスにとってホームアンドアウエー方式のプレーオフ出場は初めてのことである。ワールドカップならびに欧州選手権の予選は、近年は10月までにグループリーグが行われ、11月にプレーオフが行われるようになっている。
 プレーオフにもつれこむことなく本大会出場を決めているフランスにとって11月に予選を戦うのは1995年の欧州選手権予選のイスラエル戦以来久しぶりのことである。このときもフランスはすでに本大会出場権を確保しており、11月に本大会出場をかけて試合を行うのは1993年11月17日のワールドカップ米国大会予選のブルガリア戦以来のことである。このパルク・デ・プランスのブルガリア戦は引き分け以上ならば本大会出場であったが、ロスタイムに勝ち越し点を奪われて、悲しい結果になったことは本連載の読者の皆様はよくご存知であろう。

■最終戦でチケットをつかんだ1982年と1986年のワールドカップ

 歴史をさかのぼると、1992年欧州選手権予選は8戦全勝だったが、10月の段階で予選突破を確定し、1990年ワールドカップ予選は序盤でつまずき、11月の段階でも本大会出場の可能性はあったが、ライバルチームが勝利し、本大会出場を逃している。1988年欧州選手権予選も1987年11月18日の東ドイツ戦で敗れて予選落ちが決まっている。
 フランスが本大会前年の11月に出場権をつかんだのはワールドカップメキシコ大会予選、今から24年も前になる1985年11月16日のユーゴスラビア戦で勝利したのが最後である。ちなみにその前の予選である1982年ワールドカップスペイン大会予選は最終戦が12月に行われ、1981年12月5日のキプロス戦に勝利してスペイン行きをフランスは決めている。
 このように11月の予選はフランスにとってはあまり印象はよくないが、最後の最後まで苦しみ、予選を突破したときの喜びは大きく、その翌年の本大会での躍進(1982年スペイン大会4位、1986年メキシコ大会3位)につながっている。
 最後の真剣勝負の11月から16年、そして歓喜の11月から24年、フランスのイレブンが久しぶりに11月の真剣勝負に挑む。

■最終決戦に挑む24人のメンバー

 この最終決戦に向けて24人のメンバーが11月5日に発表された。GKはウーゴ・ロリス、スティーブ・マンダンダ、セドリック・カラッソの3人、DFはウィリアム・ギャラス、エリック・アビダル、ジュリアン・エスクーデ、パトリス・エブラ、ロッド・ファンニ、バカリ・サーニャ、セバスチャン・スキラッチ、アリー・シッソコの8人、守備的MFはアルー・ディアラ、ラッサナ・ディアラ、ジェレミー・トゥーララン、アブー・ディアビの4人、攻撃的MFはフローラン・マルーダ、ヨアン・グルクフ、ムッサ・シソッコの3人、FWはシドニー・ゴブー、ニコラ・アネルカ、カリム・ベンゼマ、アンドレ・ピエール・ジニャック、ティエリー・アンリ、ロイック・レミの6人である。

■復帰したロイック・レミと初選出のアリー・シッソコ

 10月のフェロー諸島、オーストリアとの連戦の際のメンバーと比較すると、GKは4人から3人に減った。これはウーゴ・ロリスがフェロー諸島戦に出場停止だったためである。その代わり、FWが5人から6人に増えた。1人増えたレミは9月の連戦時には試合には出場していないが、メンバー入りしていた。所属のニースは下位を低迷していたが、10月下旬から3連勝、メンバー入りが決まった直後のパリサンジェルマン戦では終盤に決勝点をあげ、パリジャンを悔しがらせた。
 そして唯一の代表初選出が左サイドDFのシッソコである。アーセナルの左サイドDFのガエル・クリシーの負傷により招集された。ポルトガルのポルトでの活躍を認められ、リヨンに今夏移籍し、レギュラーポジションに定着し、チャンピオンズリーグはプレーオフから全試合に出場、代表入りしたのである。(続く)

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