第82回 若手を登用する伝統
■イタリア、スペインに次ぐ第三の移籍市場に
ベテランを揃えてワールドカップに続いて欧州選手権を制覇したフランス。8月16日の世界選抜戦(マルセイユ)も9月2日のイングランド戦(サンドニ)も欧州選手権と同じメンバーで臨んだ。一方、フランスの若手選手もU-18(18歳以下)欧州選手権で優勝した。また、ボスマン判決以降、選手の移籍市場でイタリア、スペイン、イングランド、ドイツの後塵を拝していたフランスリーグであるが、今季は大きなトレードが続出し、しかも自国選手がその対象となり、イタリア、スペインに続く第三の移籍市場となった。
フランスの二冠の要因の一つに若手選手の育成の充実があげられる。しかし、その育成体系や育成プログラムについては取り上げたことがあるが、若手選手の活躍そのものについては紹介する機会がなかった。今回は代表選手の国外リーグでの活躍に隠れ、話題になることの少なかった若手のフランス人選手のフランスリーグでの活躍を紹介することにしよう。
■若手選手の登用によってコストを削減
フランスでは1970年代以降、各クラブに育成機関を設けるとともに、クレールフォンテーヌ、ヴィシーなどに国立サッカー研修所を設立し、国家的なエリートも育成した。これらの若年層の育成・強化は選手が若くしてフランスリーグにデビューする原動力となっている。現在フランスリーグの1部に所属する選手のうち約3分の1にあたる150人は20才未満で1部リーグデビューを果たしている。現在の代表チームのメンバーのデビュー時の年齢を見ても、ジネディーヌ・ジダン、ディディエ・デシャンは16才、ティエリー・アンリ、ニコラ・アネルカが17才、エマニュエル・プチ、リリアン・テュラムが18才など、未成年でリーグにデビューしても「天才少年」と賞賛されるわけではない。
また、プロであるから勝利は絶対的なものであるが、勝ちにこだわるという点ではフランスのサッカーは他の欧州列強に比べると正直に言って見劣りする。これは「見ていて楽しいサッカー」と思われる読者の方も多いかもしれないが、若手に積極的にチャンスを与えるという伝統が多くのティーンエイジの1部リーガーを誕生させているという事実も見落としてはならない。
若手の登用も実際にはビッグクラブが少ないフランス・サッカーを象徴している。というのは、クラブの財政上からサラリーの高いベテランや中堅の選手ではなく、人件費の安い若手選手を起用するからである。フランスの労働市場では「シニオリティー優先」、すなわち技量が同等ならば年長者を雇用する、という原則がある。この原則は若年層の失業率を高める要因となり、高コスト体質の一因となっているが、自由競争市場のサッカー界では逆に若手を優先的に登用することによってコスト削減につながっているのである。マルセイユ、パリサンジェルマンというビッグクラブでの十代デビューは、パリサンジェルマンのフランシス・ラセール(1989年10月)、ニコラ・アネルカ(1996年10月)など非常に少ない。
■若年の選手に集まる期待
今季も20才未満で1部リーグに出場している選手は20人を数える。リーグ開幕戦で十代デビューを果たしたのは、U-18欧州選手権決勝戦で唯一のゴールをあげたボルドーのエルベ・ブニェとガンガンのジョセフ・オーギュスタンの2人。第2節ではパリサンジェルマンのベルナール・マンディがデビューを先発出場で飾っている。U-18の欧州選手権チャンピオンチームのメンバーのうち7人は1部リーグ出場の経験がある。
その中でもっともキャリアを誇るのがナントのハッサン・アーマダである。昨季は17試合に出場し、今季も先発メンバーに名を連ねている。また、主将を務めたバスティアのニコラ・プヌトーもGKながらこれまで数試合に出場している。過去のフランスの名GKのデビューの年齢はドミニク・ドロプシー、ジャン・リュック・エトリが20才、ジョエル・バツが19才であり、将来の名GKの予感を漂わせる。
また、特筆すべきはこの20才未満の20人の選手のうち6人が外国人選手で主にアフリカ出身ということである。1998-99シーズンの最終戦で劇的な決勝点をあげ、ボルドーに優勝をもたらしたギニアのパスカル・フェインデューノ、ランスには昨季までにソショー、レンヌで45試合に出場し、今季レンタル移籍してきたセネガルのエルハジ・ディウフがいる。モナコに所属しているノルウェーのジョン・アーン・リース以外は全員アフリカの選手であり、若年層のアフリカ人選手がフランスリーグに移籍していることがわかる。
■若年層にチャンスを与える「伝統」は変わらない
一方、本連載の第43回で取り上げたように、フランスの若年層のタレントが国外流出している事例も見られる。ジェレミー・アリアディエールは15才でINFクレールフォンテーヌからアーセナルに移籍したが、5月末にはイングランドのU-17のクラブ選手権で優勝し、決勝の第2戦(ホームアンドアウェー方式)では2得点をあげた。また、カメルーン出身で5才でフランスに渡り、サンテエチエンヌで昨季1部リーグにデビューしたU-17フランス代表のバンサン・ペリカールはこのたびユベントスと5年契約を結び、ユースチームで活躍している。
選手の国際化は避けて通れないことであるが、フランスにおける若年層に与えられたチャンスという伝統は変わらない。ボスマン判決によってビッグクラブを持たないフランスサッカー界は不利である、という意見もあったが、中堅以上の選手が国外移籍するならば、若手選手に活躍のチャンスが訪れる、というクラブからの声もあった。実はボスマン判決による選手の国外移籍が増加する直前の1995-96シーズンの1部リーグでは十代の選手が19人出場した。これは現在とそれほど変わらない数字である。
■「若手重視」が未来の栄光を予感させる
さて、このように伝統的にフランスリーグにおいて若手選手に与えられたチャンスは他国リーグよりも大きく、若年層の国際大会での好成績にもつながっている。若くしてプロのレベルまで到達し、タイトルを獲得するフランスのティーンエイジャーであるが、その後の成長が今一つであることは読者の皆さんならばよくおわかりであろう。頭角を現したところで他国リーグに移籍するケースが多く、選手の年俸を払うことができるビッグクラブがないという構造的な問題を抱えている。
しかし、今季の移籍市場で見せたフランスのクラブの変容は、「若手重視」という「良き伝統」を栄光につなげていくことを予感させるのである。